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不登校経験を経て社会人となったやつらの発信活動

つながり

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僕は過去を振り返ると人との繋がりに感謝したいと思う事がある。
その繋がりが社会への僕が歩み出す第一歩にさせてくれた事は言うまでもない。
 
まず最初に恵まれていたと感じたのは小学生の頃からだった
 
僕は不登校を経験したけれど、そんな中でも3人だけ
何も言わずに遊びにきてくれた友だちが、実は小学生と中学生の間でいる。
 
その繋がりは、とある放課後学習塾に通う中で仲良くなった友だちだった。
学校へ通わない僕に対して彼らは何も言わなかった。
その代わりに友だち同士でお付き合いをする人との繋がりのかけがえのなさを教えてくれた人がいたんだ。当時はカードゲームが流行っていて、ゲームを競い合う楽しさを教えてくれたし、負ける悔しさもそこで教わったんだ。
 
高校生に入るとenokiが演劇の世界へ僕を引き込んだ
自己開示する事が生きる上で欠かせないことを彼は僕に教えてくれたんだ。
生徒会や文化祭実行委員等へ精力的に参加していった。その中には失敗もあったが
様々な活動に対して一生懸命になる楽しさをまた、先生や仲間から教わったんだ。
 
そして僕は大学生になった。そして大きな決断をしたんだ「休学」
僕はもっと視野を広げたかった、高校生の頃に”国際人になろうゼミ”というゼミに所属していて世界へと目を向けてみたくなったんだ。今振り返ると、恩師の先生である。
 
しかし、その過程で僕は大きな失敗を犯したんだ。
人間関係の儚さではない、未熟なままの状態で僕は休学し社会に飛び出した
その先で「信頼」の儚さを学んだんだ。
 
人と人との繋がりで最も大切なのは信頼関係であると僕は思うんだ
ビジネスの場においても信頼は第一であるが故に、それを獲得するために社会人になってからは自分なりに必死に奔走したんだ。でもジェンガのように積み上げた信頼は一本のパーツで全てが崩れてしまうことを僕は休学中に学んだんだ。
 
僕は留学資金を貯めるために、ある宿泊施設でアルバイト兼ヘルパーをさせて頂いた。
そこで事件が起きたんだ。僕が意図しない一言でオーナーを傷つける一言を発してしまったがためにその場での僕の信頼は地に落ちてしまったんだ。
その日は地域の祭りの日だった。来店するお客様に対して祭りを体験して頂きたくて店の外に出るように促したんだ。しかし、それを聞いていたオーナーはそれを良く思わなかった。「言葉」の効力の強さを再認識した上に僕は、信頼の儚さを知ったんだ。
それまでは良くしてくれた恩師のような存在だったオーナーが僕の側から急に離れていったんだ。そして知った。これが社会なんだと。厳しさなんだと。人間関係云々の前に信頼の大切さを肌にして感じた日々だった。
僕はその場に居られなくなり、逃げるように別の場所で一から修行することにした。
 
お客様を目の前にして、言葉遣い、そして対応の全てが評価にされるんだ。
寒い冬の中、雪の降り頻る中で僕は信頼を少しでも得るために朝早く起きて宿の雪かきや、お客様のチェックアウトがスムーズにいくように試行錯誤を繰り返した。
学生でありながらにして社会人として見られる、休学期間に体験した、その半年間は僕にとって、とても掛け替えのない財産になった。
信頼とは本当にジェンガのようだ、気をつけているつもりでも、崩してしまう。とても繊細なものだと知った上に、信頼を失うと同時に社会的に居場所が失くなることを学んだ。
 
そう、いじめのように
虐められた訳ではないよ、原因は自分にあることを僕は認識している
でも社会的にその組織が僕が害になると判断されてしまったら居場所を失くしてしまうんだ。積み上げてきた信頼も、ほんの一瞬の隙が僕を自分で貶めることになったんだ。
社会的評価とは時に冷たく感じるが、信頼があってのビジネスパートナーである。学生時代にそれを学ばせてもらったオーナーに対しては今も敬意を持っている。
 
子どもの頃のつながり
社会人でのつながり
 
同じと言えば同じだが、重みはやはり違ってくる。
生業として自分が生きるために繋がりを構築するビジネスパートナーとはより一層の注意が必要であると僕は感じたんだ。それが自分の人生を大きく左右することになるのだから。
 
だからと言って友だちを蔑ろにして良いと言う訳ではないんだ
早い段階で信頼の儚さに気づく事ができたら僕は儲けもんだと思うんだ。
僕の夢はあの頃ともにしたオーナーといつか酒を酌み交わせる時がこないかと願っている
でも、それが叶わないんだよね。
 
小さい頃から信頼の儚さを知っておく事で、友だちや先生とも繋がりを大切にできると思うの。人見知りでもいいんだよ。ただ、あなたと一緒に何かがしたい(遊びたい)そこから入ってもいいんだ。そうして信頼を積み上げていく事ができたら人望の厚い人間関係がようやく築かれることになると僕は思うんだ。
 
失敗からしか学べない僕だけど、今は今で、とてもかけがえのない人間関係に支えられている。このブログもその一つだよ。信頼を積んでいく事は大変だ、でも壊すのは簡単だ。意図していなくても簡単に崩れてしまうんだ。
 
じゃあ、どうしたら「つながり」を強固にできるのか
これはやっぱり日頃からのコミュニケーションかな。そして謙虚な姿勢に限ると思う。
 
「実ほど、頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」
俳句?作者は誰?実は不明だけど、かのビジネスパートナーが教えてくれた教訓です。
 
立派な人ほど謙虚な姿勢であると、実った稲穂になぞらえて作られた言葉なんだ
これは今でも僕の教訓となっている。
 
そもそも!まだ立派な立場じゃないけどね!!!!
でも謙虚な姿勢がいかに大切か教えてくれる俳句なんだ。じじくさいでしょ〜
そう思った人はめっ!よ笑
 
人との繋がりを作るにはまず謙虚な姿勢を意識する事が大切なんだ。
口下手でもいい、パフォーマーじゃなくてもいい
 
不器用でも、地味でもいいから、謙虚な姿勢で何事にも寛容な姿勢でいられる事で
人として必要な受容のスキル(大きな器のある人間になれる)と僕は思うんだ。
 
だから、難しく考えないでね。コミュニケーションスキルに長けている人はこの世の中沢山いる!そこで比較しても、めっ!よ。皮肉にならずに常に謙虚な姿勢が、あなたを守る強固な繋がりを創っていくと思うの。良い行いをする人の周りには必ず良い繋がりが生まれる「有隣」と言う言葉があるんだ。それも教わった事。
 
そう、繋がりは自分の視野を広げてくれる財産なんだ
人として正しい道を教えてくれるそんな機会を増やしてくれることもあるんだよ。
小学生の時、流行りのカードゲームの楽しさや負ける悔しさを学んだように、それがほんのわずかなことでも自分の視野を広げてくれるチャンスなんだよね。
 
つながり、それは人生を豊かにする橋だと思う。
僕の宿命なのかな「高橋」だけに上を目指そうとするその癖は未だに治せず仕舞いです。
言葉遊びはここまでにしておいて…
 
繋がりを持つことで、あなたには多方面に橋をかける事ができる
そこには危ない橋もあるかもしれないから気をつけてね。
ただかければ良い訳ではないんだ。石橋を叩いて渡れと言う言葉があるように慎重に正しい方角であるか、あなたが望む道であるかはあなた自身が考え、判断すること。
 
ブログを読んでくれているのあなたの人生がより豊かになりますように
僕は祈っています。
 
髙橋直之